Diary of life

#カンボジア#ボランティア#助産師#行動こそが真実

今日、日本発ちます。

3週間の一時帰国が終わり

今日、日本を発ちます。

 

いざ離れるとなると…

急に寂しさやら不安やらドキドキやら

色んな気持ちが入り混じり

何とも言えない状態です。

 

一時帰国中に1番感じたのは

30代になった変化です。

体力的な変化と気持ちの変化を

ずしりと重く感じました。

 

体力的な変化は

20代前半とは明らかに違うアクティブさ。

台湾にいる友達に会いに行ったのですが

すぐ疲れちゃってホテルで寝たくなる自分に

びっくりしました。

体重も容易に増え、そして減らず。

これが30代か…と

実感しました。

 

気持ち的な変化は

責任がより重くなり

周りからも責任を問われることが

増えたことにあります。

 

自分の将来は自分しか責任取れないな。

そう強く重く感じるようになりました。

 

親の健康や将来も切実に感じ

改めて周りにいる大切な人に

心配掛けたくないな。

そう思うようになりました。

 

今までも思ってましたが

心の底からふつふつと

感じるようになった。

これが自分の気持ちの正しい表現な

気がします。

 

家族がどうか幸せに

そして健康に過ごせますように。

一時帰国中

ただいま日本に一時帰国中。

 

 

たくさんの高層ビル

足早に歩くスーツを着た大人たち
スマホ片手に電話しながらタクシーに飛び乗る男性
ヒールで階段をダッシュする女性

日本がカンボジアよりも時間の流れがすごく早く
自分だけ時が止まってしまっていた感覚に陥りました。


『もし 日本で助産師を続けていたならば…』

『もし 結婚して子どもを産んでいたならば…』
『もし 海外にいかなければ…』

そのもし…の妄想が私を縛りつけ

私は、間違った選択をしてしまったのではないか、そんな気持ちにさせました。

その気持ちにしばらくモヤモヤしましたが

『海外で助産師として活動したい』
『海外に住みたい』

『今、自分のやりたいことに挑戦したい』

自分の思いに忠実であり、行動してきたことを無視していた自分に気付きました。

丁度、今流行の『タラレバ娘』
こうやって、こうだったら・ああだったらって

ついつい女子は思ってしまう。

もちろん後悔してしまうことも沢山あるけど

それでも、選んだのは自分。

 

『日本で働くのを辞めることを選んだのも 自分』

『前の彼と別れを選んだのも 自分』

『今の自分に投資したいと決めたのも 自分』

 

その自分を信じてあげれるのも自分。

 

少しでも後悔を抱いた自分の気持ちに

負けないように

今年は頑張ろうと思いました。

ある人からの言葉

ある先生に言われた
人生の自分の目標が違えば
アドバイスも変わってくる。
その言葉がとても染みた。

例えば、
ある人は早く一人前の助産師にならせたいと思う。でも当の本人は、豊かな人生経験のある助産師になりたいと思っている。
これはアドバイスが変わってくる。

豊かな人生経験のある助産師を求める助産師に早く一人前になれ!優秀な病院で頑張れ!とアドバイスしても響かない。
むしろ、それが響かない私はダメなんじゃないかって思ってくる。

目標が同じ”助産師”であっても
どんな?ってところに違いがあれば
そこを目指す方法も変わってくるんだって
気づいた。

色々否定されることも多かったけど、

貧困妊婦が安全に安心して出産できる
環境をつくりたい。

この1年、自分の将来のために
この自分の達成したい目標のために
カンボジアで頑張ろうと決めた。


この事実は
誰にも否定される必要も
誰にも肯定される必要もないんだ
って思った。

ただそのアドバイスには最後、
自分が貧困にならないように。
と、深い言葉が付け加えられた。

自分の生活がまともに出来ていないのに
誰かのためにって思うことはできない。

そのためにも
無給ボランティアではない
違う方法で
社会問題を解決する時期がきたと
私は確信した。

 

なぜカンボジアなのか?

世界で医療者として働きたい。

そう初めて思ったのは確か高校生のころ。

助産師になったけど…まだまだ未熟。

英語も話せない…そう思って世界に飛び出せない自分がいました。

 

30歳目前に、やりたいことを後悔せずやろうと思い、もう一度海外に行く夢を持ちました。

色々調べ、某ボランティア団体を見つけて

去年から海外での活動をスタートさせました。

 

なぜカンボジアなのか?

2年前にカンボジアへ初めて行った時に

なんて優しくて素直な人達なんだ!!とカンボジアの人柄に感動したのと、単純にカンボジアの環境が好きになりました。

同時にカンボジアの大変な医療の歴史を知りました。約40年前にポルポト率いる政権により知識人(教授、医者、眼鏡をかけているなど)殺されました。兵士は洗脳しやすい子どもです。その子ども兵士に大人はほとんど殺されました。

大量虐殺後、医者はほとんどいなくなったため、子どもが医者になり治療をするようになりました。もちろん治るわけありません。

医療や病院というものに未だに信用がないのも

これが原因と言われています。

 

そのため多くの国が今も医療環境をととのえたり、医療教育をしたり支援に入っています。

 

その話を知り、カンボジアの医療に対する教育、環境整備など…必要なことはたくさんあるけれど…それをどうこう整えている間に目の前で医療を受けられず人生を終えて行く人がいるのではないか?

 

「もちろん、病院を建てるのも医療者を育てるのも大事だけど‥

じゃあ今、カンボジアで医療を受けられない人がそのまま放って置かれるのはいいのだろうか?」その現状に納得できない自分がいました。

 

目の前の一人一人に向き合うのは

草の根活動かもしれないけど…

それをやる人がいてもいいんじゃないかって思いました。

 

それがカンボジアとの

出逢いのスタートだったと思います。

正直、なんでカンボジアなのか…それに大きな理由はないです。日本の医療界も大変な最中、なぜ海外なのか…それにも上手く答えられないです。

だけど、カンボジアには私の気持ちをすごく揺さぶる何かがあるのは確かである、と思ってます。そしてその気持ちを大事にしたいと今は考えています。

 

現地での生活、医療現場での葛藤や考えを残して生きたい。また多くの人に知ってもらいたいと思いブログを始めました。

よろしくお願いします!